中沢新一といえば、80年代後半、“ポストモダン”という言葉がはなやかし頃、浅田彰とともに颯爽と登場したニューアカデミシャンだ。
その中沢新一と、これまた旧来の歴史学に新風を巻き起こした網野善彦が叔父、甥の関係にあるなんて、本書を手にするまで知らなかった。
僕の叔父さん 網野善彦中沢 新一
注)購入を検討の方は画像をクリックしてください。
網野善彦の著作は、幾つか読んでいますが、彼の著作に共通するテーマは“非農業民”だ。
僕は、彼がこのテーマをつらい抜いているのは、彼がマルキストで、保守層を中心とした「日本は太古から稲穂の国である。」という思想への単なるアンチテーゼであると皮相的に理解していたが、本書を読んで彼が、もっと深い人類への洞察から、この“非農業民”をテーマにしている事が良く理解できた。
また、網野善彦氏が中沢家と関係を持つ事が、どれほど学問的探求が深まったかも。
本書は、当初は網野善彦氏への追悼文として始まったらしいが、あとがきで中沢新一氏は、「極私的網野論」と述べているが、網野氏と単なる叔父、甥、関係以上に非常に親しくし、人類学、歴史学という分野の違いはあるにしても、互いに学問的に影響し合った中沢氏の高い理解があってこそ、ここまで深い網野善彦の思想の根幹に迫れたのではなかろうか。
できうることなら、網野善彦自身による自身の思想を語る著作を読みたかった。
いずれにせよ、本書は、単なる網野善彦論に終わらない人類学的、歴史学的興味をそそる名著である事には間違いない。
それにしても、集英社新書の編集者の着眼点には、尊敬に値する。
本書に限らず、幾つもの名著を送り出しているのだから。
人気ブログに参加しています。ご賛同していただければ、バーナーをクリックしてください!
TOPに戻るまとめて購入するなら配送量一括の
古本市場がお得!
PR